‘26 海外研修 ~生徒現地レポートⅧ Part2.~
思いの丈はあふれ出し、Part1.とPart2.で、5500文字を超えるレポートになりました。
「次に向かったのはユーレカタワーという88階建ての展望台です。ここでは約285メートルの高さからメルボルン市内を見渡せます。展望エリアに着き、眺めを楽しみました」。
窓の近くには、建物名が記され向きと焦点が固定されたスコープがあり、覗くとその建物を間近に見ることできました。もちろん向きが固定されていない望遠鏡もあり、いろいろな場所を自由に見ることができました。ここでもクレアさんの丁寧な解説付きで眺望を楽しみました。メルボルンを貫く大きな川、ヤラ川(Yarra River)を見ていると、「この川は海に繋がっている」「船もたくさん通るよ」と教えてくれました。なるほどと感心していると「川はあんまりきれいじゃないけどね」と一言。「確かに…」と思った瞬間吹き出してしまい、申し訳ないと思いながらたくさん笑ってしまいました。他にも部屋ごとビルから飛び出す仕組みのガラス張りの施設があり、私達もその正方形の部屋に入りました。ゴゴゴゴっという音とともに完全に空中に突き出て、足元のガラスからはっきりと下の様子を覗くことができました。最初は大丈夫だと思っていてもだんだんと足がすくんできました。地上200数十メートルのガラス張りの空間は笑ってしまうほど高い位置にあり、終始引きつった笑いが止まりませんでした。でも、この場所からメルボルンを眺めていると、「あそこに行ってみたい」「ここはどういうところなんだろう」という気持ちが湧いてきて、立ち去りがたい思いが募りました。
展望台をあとにし、次はお土産を買いにいきました。お土産屋さんまで行く途中に教会があり寄ってみることになりました。そこはセント・ポール大聖堂という聖堂でした。ここは前回いったセントパトリック大聖堂とはまた違う大聖堂で、メルボルンの主要な駅フリンダース・ストリート駅の近くにあります。大聖堂はいつ入ってもその景観に圧倒されます。なかを歩くと小さなろうそくが灯されている場所があり、その前でお祈りをしている方がいました。ホストマザーから、この場所は「亡くなった人を想う場所で、故人を偲ぶためにたくさんのろうそくが灯されているの」と教えてもらいました。午後の早い時間だったので、多くの人が参拝に訪れていました。改めて教会は多くの人々の拠り所であり、こころの支えや救いを与えてくれる場所だと感じました。 他にもクレアさんから途中にあったフェデレーション・スクエアという場所を紹介してもらいました。ここにはACMIというオーストラリア映像博物館があり、映画祭などもやっているそうです。映画が好きな私にとってとても興味深い場所で、オーストラリア再訪の機会があれば、絶対に訪れたい場所の1つになりました。
さらに進んでいくとグラフィックアートがかかれている道に入りました。壁中が全て「落書き」で埋まっていて、その通り自体がアートになっていました。ホジ・レーンと名付けられたその通りは、メルボルンで有名なストリートアートの1つです。「そんな高いところにどうやって?」みたいな高さに描かれた作品があったり、「著作権は大丈夫なの?」みたいな有名なキャラクターを写しているものがあったり、たくさんのグラフィックアートに囲まれて進んでいくのはとても楽しかったです。
お土産屋さんに着くと、オーストラリアならではのグッズをたくさん買いました。そこでホストファミリーの2人目の息子さんと合流しました。前にあった息子さんとは違う方で、メルボルン市内のレストランで働いていて今日の夕ご飯は彼が働いているレストランで食べることになっています。
お菓子などのお土産を選ぶ際にどんなものを買おうか迷っていると、息子さんが「これ美味しいよ」とお勧めをたくさん教えてくれました。美味しいお土産をたくさん買うことができました。
いろいろとお土産を買ったあとは、ホストマザーとファザーは車でレストランに向かい、クレアさんと息子さんと私たちはトラムで向かいました。ずっと前からトラムに乗ることを楽しみにしていました。前の記事で書いた通り市内ではトラムが無料で乗れるので、レストランまでお金をかけずに向かうことができました。トラムの中は電車というよりバスに近い感じで、椅子が設置されている場所とつり革だけのスペースがありました。
しばらくトラムに揺られているとレストランに着きました。そこはアジアンフュージョンレストランで、お米やカレーなどアジアのご飯を食べることができます。息子さんがいろいろメニューについて教えてくれました。食べられないものや大丈夫なものなどを伝え、みんなで5つの大皿料理を分け合う形式で食べました。お米は、しばらく食べていなかったので、食べるとすこしホッとしたような安心感がありました。アジア料理なだけあってお箸での食事になりました。ファザーとマザーがお箸を使うのにかなり苦労をしていました。私が得意げに箸を使って食べていると、「ようやく箸が使えてよかったね」とファザーからからかい半分で言われました。「ついにね」と返すと、みんながほほ笑んでくれて和やかな雰囲気になりました。私は、さらに得意げに箸の使い方を教えてあげました。
談笑し美味しいご飯を食べ終えると、すでに外は真っ暗で家に帰る時間でした。レストランを出てホストマザー達の車に向かいました。クレアさんと息子さんはここでお別れです。さよならと言いかけたところで、クレアさんがポストカードを出して「これプレゼント、すぐ書いたから下手だけど」といいながら手渡してくれました。ポストカードには日本語と英語でメッセージが書かれていて、受け取った瞬間思わず泣き出しそうになってしまいました。「ありがとう、さみしくなります」と伝えてハグをしてお別れしました。最後まで手を振ってお別れしました。
車の中でしっかりメッセージを読みました。日本語で今日一緒に過ごせて楽しかったと書かれていて、とても嬉しい気持ちになりました。また英語のメッセージでは、将来の夢が叶うようにと私を励ますことばが綴られていました。実は展望台で将来の夢の話をしていたのです。その時クレアさんはいろんな体験談を話してくれて、それがとても参考になり、私自身が深くインスパイアされたと感じました。その時のことを覚えていてくれたこと、また応援していると書いてくれたことにとても温かい気持ちになりました。何回も何回も読み直し、同じホームステイメンバーの子と今までのオーストラリアでの研修を振り返りながらたくさん語り合いました。いろいろな出来事を振り返り、どんな思い出話をしても、最終的には、「帰りたくない」「時間が足りない」と同じ言葉ばかりを繰り返しました。抑えていた涙は、家に着く頃にはもう限界に近づいていました。
家に着いたのは夜10時を過ぎていました。昨夜のうちに荷造りはすこしずつ初めていたので、あとは最後に使うものだけを残して、帰る準備はおしまいになります。ホストファミリーにことわって自分の部屋に戻り、最終確認をしていきました。
しばらくして、ホームステイメンバーの子と、ある「たくらみ」の打ち合わせをしました。たくらみと言うほど大げさなことではないのですが、私たちはホストマザーとファザーに手紙を渡そうと計画していました。本当は別れる直前に渡したかったのですが、最終日の明日はどのくらい時間があるか分からなかったので、今日渡すことに決めました。
ホストマザーとファザーの目の前にいき、「実は渡したいものがある」と伝え、手紙を出し「本当は明日渡したかったけど時間があるかわかんないから今渡します」「読んでもいいですか?」と聞き、手紙の内容を読んで伝えました。最初来た時とても緊張していたこと、温かい歓迎のおかげで楽しんでいろんなことを学べたこと、たくさん感謝していることなど、思っていることを全て伝えました。手紙を読み終えて渡すと「ありがとう」「実は最初私達も緊張していた」「滞在期間が短すぎる、もっと長ければいいのに」と答えてくれました。そのことばを聞けて嬉しい気持ちでいっぱいなり、お別れをするのが本当にツライと感じながら、お互いに「ありがとう」と伝えながらハグをしました。
この晩も恒例のUNOを、時間が許す限り楽しみました。UNOを終えると、あとは時間を待つだけになりました。明日は朝5時に学校前に集合、そのままバスに乗り空港へ向かいます。ほんとに本当に最後になりました。 明日は遅刻しないように、そして最後に、しっかり挨拶できるようにします。