‘26 海外研修 ~生徒現地レポートⅦ~

バルコムスクール最終日、フェアウェルパーティーで新井さんは、姉妹で大活躍!大団円を迎え、国際交流への思いを新たにしました。

 

「8月28日(金)、研修7日目です。 今日は学校へ登校する最後の日です。もうすでに名残惜しいです。 きょうの予定はFarewell Party(お別れ会)です」。

きょうの日程は、午前中に私たちが披露するダンスの練習、ランチを挟んで、午後からお別れ会が開かれます。本番ではバルコムの生徒の皆さんが演奏やダンスなどを披露してくれたあと、私達もダンスパフォーマンスをしました。

私達が披露したダンスは「タヒチアンダンス」と「やっさいもっさい」です。「タヒチアンダンス」は、私と私の妹の1年生、新井梨花の2人で踊りました。他の木総生は「やっさいもっさい」で会場を沸かせました。

私達新井姉妹がパフォーマンスをすることになったいきさつは、私と妹が母の勧めでタヒチアンダンスを習っていたことが引率の先生に伝わってしまい、このお別れ会で披露して欲しいと急遽頼まれたからです。妹のタヒチアンダンス歴は12年を数えます。いまではダンスグループの一員となり大会に出場するなど、ダンスの道を極めています。一方、私は高1でやめてしまったので久しぶりのダンスになりました。

タヒチとタヒチアンダンスについて、少しご紹介します。オーストラリアと南米のほぼ中間に位置しているタヒチは、太平洋上で「ハワイ」「ニュージーランド」「イースター島」を結ぶ巨大な三角形、ポリネシアン・トライアングルの中央部に浮かぶ南洋の島です。ポリネシアを舞台に描かれた映画、「モアナと伝説の海」をご覧になった方も多いと思います。ポリネシアの人々は私たちが歴史で習う「大航海時代」よりもはるか昔に外洋に漕ぎだした「海洋民族」です。作中にも登場するアウトリガーの付いたカヌーを、パドルと帆だけで操りました。小型で粗末な舟は実際には高性能で、一回の航海で数百㎞も移動できたそうです。

もちろん、オーストラリア・タヒチ間にも、古くから交易などを通じて多くの交流がありました。18世紀末頃からオーストラリアとタヒチは捕鯨の拠点となったことで、さらに文化的な繋がりが深まりました。タヒチアンダンスも伝わり、オーストラリアには現在も愛好者が多くいます。

 

タヒチアンダンスは、現地ではオリ・タヒチ(’Ori=踊り)と呼ばれています。ポリネシア文化圏では、ハワイのフラダンスを思い浮かべる人が多いと思います。もちろんそれぞれ独特の衣装をまとって踊られるのですが、その他にも多くの点で違いがあります。曲のテンポ、体の動き、そして踊りによって表現される事柄に違いがあります。ユラユラとゆっくりとしたイメージのフラに比べ、タヒチアンは速いテンポのドラムビートに乗り、激しく体を動かす振り付けで有名です。素早いステップで激しく腰を回したり振ったりする動きが特徴で、フラとは違い、たとえスローテンポの曲であっても、大きな動作で激しく体を動かすダンスもあります。

フラでは、「愛、自然、神への祈り」など静ひつ感のある表現が多く用いられるのに対し、タヒチアンでは、「情熱」や「生命力」など力強さや躍動感を誇示したり、「神話」や「歴史」など物語性の高い場面を表現したりすることもあります。

 やっさいもっさいは、言わずもがな木更津伝統の踊りです。調べてみると、この踊りは民謡「木更津甚句」に由来していて、高度成長期に企業の進出で木更津に移り住んできた人々と昔から暮らす人々が、互いの絆を深めるために創られたそうです。私も小さい頃、お祭りで踊ったことがあります。なかには木更津以外の地域で育ち、やっさいもっさいを知らないメンバーもいたので、みんなで教え合いながら練習が進みました。

 

いよいよお別れ会が始まります。最初はバルコムの生徒さんの発表です。始めに、Bush Dance(ブッシュダンス)というオーストラリアの伝統的なダンスを教えてもらいました。このダンスは、音楽に合わせてペアの相手を変えながら踊るフォークダンスです。前日にホストファミリーからもブッシュダンスについて教えてもらいました。このダンスはいろんなイベントで踊られているそうです。その理由は、みんなが知っていて簡単で踊りやすいのでイベントが盛り上がるからだそうです。会の最中にもブッシュダンスについて解説がありました。娯楽がほとんどなかった時代に、オーストラリアで誰もが楽しんで取り組めるのが、唯一このブッシュダンスでした。広場やホールのような多くの人が集まる場所で踊られるようになりました。このダンスは地域の交流を目的に行われることもあり、ダンス会場は、時には生涯の友と、時には最愛の伴侶を見いだす、貴重な出会いの場となりました。

実際私たちも一緒に踊り、大いに交流を深めました。踊り手が作る二重の円は互いに逆方向に進み、音楽に合わせて次へ次へとペアを変えていきます。始めはペアの変わり方や振り付けに戸惑ってしまいましたが、次第に慣れてくると、最後の方にはみんなでわいわいしながら楽しめました。

ブッシュダンスが終わったあと私達姉妹は、タヒチアンダンスの準備をしなくてはいけなかったので、バルコムの発表を最後まで見ることはできませんでしたが、ファンデーション(幼稚園、保育園)クラスの子たちが日本語の「どんな色が好き」という歌を歌っていたり、ほかの学年クラスの人たちが準備していたりするのを見て、とても嬉しい気持ちになりました。

バルコム生の発表が終わった後は木総生の発表となりました。私たち新井姉妹がトップバッターでした。少しタヒチアンダンスについて解説した後、ダンスを披露しました。妹も私も緊張していましたが、なんとかやり遂げることができました。解説をしながら、「Do you know Moana by Disney?」(ディズニーのモアナ知っていますか)と聞くと小さい子から同い年の高校生くらいの人も手をあげて「知っている」と反応してくれて、嬉しかったです。 私達の発表が終わった後、木総生によるやっさいもっさいが始まりました。私たちは出番が終わったので端で見ていました。音楽が始まると掛け声とともに、木総生が輪になって踊り始めました。突然、バルコム生の小さな子が輪のなかに入って一緒に踊り始まりました。その子をきっかけでたくさん人が入ってきました。学年も性別も関係なく、双方の生徒が一緒に踊っている姿をみて、「みんなが楽しんでいるんだ!」という実感が湧き、その素晴らしい光景に感動してしまいました。

 

国際交流の最大の障壁は、当然「言語の違い」です。伝えたいけど言葉が出てこない、一緒にこの気持ちを共有したかったけど上手く伝わっていないなど、「感情の共有の難しさ」はこの研修で痛いほど感じてきました。しかしこの場面を見て、「ことばの壁」を乗り越えて、いろんな人が一緒に楽しめるのだ、ということにも気づきました。様々な地域に暮らす人が各々の文化の良いところをアピールし、同時にそれを楽しんで交流ができる機会が今後広がっていけばいいなと思いました。

パーティーが終わり、お別れの時間が迫ってきました。私たちは仲良くなった子たちにもう一度会いに行きました。今はSNSが発達していて、すぐお互いに連絡が取れる環境です。でも、明日からもう会えないと考えると、どうしても名残おしく、悲しい気持ちになってしまって、最後だと言うのになんだか打ち解けた会話をすることができませんでした。仲良くなった子たちのなかには涙を流してくれている子たちもいて、もらい泣きをしそうになりましたが、最後は笑顔で別れようと思い、「グッ」と涙をこらえました。

会場を去り、ホストファミリーと合流しました。「最後の学校どうだった?」と聞かれ「もうすでに恋しい」と伝えました。それと同時にホストファミリーと一緒にいるのも明日で終わりということを実感し、さみしいというか、悲しいというか、恋しいというか、言葉では言い表せないポッカリと穴の空いたような、切ない気持ちになりました。

明日はホストファミリーと過ごす最後の日です。 私は一日中ホストファミリーとお出かけします。目一杯楽しみます。