カテゴリ:生徒
‘26 海外研修 ~生徒現地レポートⅧ Part1.~
海外研修はいよいよ終盤を迎えています。オーストラリア最後の一日を2回に分けてお伝えします。
「8月29日(土)、研修8日目。今日は各々のホストファミリーと過ごす日です。私達はメルボルン市内へ観光にいきました。オーストラリアで過ごす最後の日なので、悔いのないように過ごしたいと思います」。
メルボルン市内までは、ホストファミリーの家から約1時間かかります。だから家を9時に出て10時に到着できるように行動しました。メルボルン市内に着くとクレアさんと言う方と合流しました。クレアさんはホストマザーの姪にあたる方で、今はメルボルン市内で働いているそうです。またクレアさんは大学で日本語を専攻していたらしく、日本の文化も好きなのだそうです。メルボルン市内で観光するならクレアさんも一緒のほうがいいと私達の為にホストマザーが呼んでくれました。
最初に向かった先は、ビクトリア国立美術館です。ここは1861年に設立された、オーストラリア最古の複合美術館だそうです。以前ホストマザーに「美術や歴史が好き」と伝えていて、それを覚えていてくれて、ここなら楽しめると連れてきてもらいました。美術館まではみんな一緒に行動していましたが、館内ではクレアさんと私たち日本人学生2人、ホストマザーとファザーの2人に分かれて行動しました。
中に入るとすぐ大きな黄色いオブジェが見えてきました。それは日本人芸術家、草間彌生の「踊るカボチャ」でした。この作品は、高さ約5メートルの、かなりスケール感のある大作で、近づけば近づくほど作品の存在感を強く感じました。しかし不思議なほどまわりの空間と調和しており、威圧感や圧迫感というよりはそこにあるべき存在として静かに佇んでいるようでした。
作品名の通り、カボチャはタコの様に柔らかな脚(腕?)を持ち、3点だけを地につけ残りは宙に浮く、不思議な躍動感がある作品でした。その構造から中央の下部には空間があり、作品の下にもぐって鑑賞している人もいました。周囲の空間に馴染みながらも圧倒的な存在感を生み出しているこの作品に、私はこれまでほとんど経験したことのない感覚を覚えました。圧迫感と存在感、そして調和など「似ているようで違う」「相反するものと思われていたものが一緒にある」という不思議な感覚でした。見るだけ、そこにいるだけでとても楽しかったです。また前にも一度ホストファミリーと草間彌生の他の作品を見ましたが、再び彼女の作品を見ることができて、とても嬉しかったです。
次に向かったのはアジア系の作品が展示されているエリアです。もちろん日本の作品もたくさんありました。江戸時代のものや明治時代のものなど様々な時代の作品がありました。なかには日本地図が描かれている絵皿や怪談話の挿絵などがあり、日本の古くからの風俗や文化が反映されている作品を見ることができて、すこし感動しました。またクレアさんも「おもしろい」と興味を示してくれました。英語の説明文でわからない単語があると解説してくれました。会話は弾み、先程の挿絵から日本の怪談が話題になりました。いまだに日本の小学生の間で語り継がれている「トイレのハナコさん」を紹介すると、クレアさんが「おもしろい、そういう話があるんだ」と関心を示してくれました。以前ホストファザーに怪談について話したことがあるのですが、「オーストラリアにはそういうのはあんまりない」と教えてくれました。ghost storiesは、世界各地にあるのかも知れませんが、学校が舞台になったり妖怪が出てきたり、日本の怪談文化には独特な一面があることに改めて気づきました。
他にも様々な国の歴史的な価値を持つ作品や史料を見ました。古代エジプトの壁画や昔イギリスで使われていた身だしなみを整えるための用具一式、エリザベス一世の肖像画など私が今学校で習っている時代や人物ゆかりの品々があり、見ていてとても楽しかったです。
そして私が一番印象にのこっているのは、絵画が一面に展示されている部屋です。見渡す限り美しいヨーロッパの古典絵画が壁一面に並び、視界に入りきらないと感じるほどでした。1つの絵を見るだけでも「どういう背景があったのか」「どのように表現されているのか」を考えながら時間をかけてじっくり鑑賞することができたのは、とても素晴らしい体験となりました。この展示室では、作品1つ1つに解説があるわけではありません。ヨーロッパの絵画を視覚的、空間的に一望できるという、独特の展示方法です。私はヨーロッパの美術史に詳しいわけではありませんが、見るだけでその絵画の世界に入り込んでしまった様な感覚に陥り、描かれている人の息遣いや空気感などを肌で感じることができました。絵画に興味をお持ちの方は、ぜひ実際に行って見てほしいです。もし興味を持った作品があれば、公式サイトから情報が得られます。作品の解説を読んで鑑賞するのも楽しいと思います。
ホストマザーとファザーと合流し、お腹が減ったので美術館を出て昼ごはんを食べにいきました。昨日ホストマザーから「マクドナルドとKFCどっちが食べたい?」と聞かれ「マクドナルド」と答えていました。以前からマクドナルドの海外限定メニューが食べたいと楽しみにしていたのです。
‘26 海外研修 ~生徒現地レポートⅦ~
バルコムスクール最終日、フェアウェルパーティーで新井さんは、姉妹で大活躍!大団円を迎え、国際交流への思いを新たにしました。
「8月28日(金)、研修7日目です。 今日は学校へ登校する最後の日です。もうすでに名残惜しいです。 きょうの予定はFarewell Party(お別れ会)です」。
きょうの日程は、午前中に私たちが披露するダンスの練習、ランチを挟んで、午後からお別れ会が開かれます。本番ではバルコムの生徒の皆さんが演奏やダンスなどを披露してくれたあと、私達もダンスパフォーマンスをしました。
私達が披露したダンスは「タヒチアンダンス」と「やっさいもっさい」です。「タヒチアンダンス」は、私と私の妹の1年生、新井梨花の2人で踊りました。他の木総生は「やっさいもっさい」で会場を沸かせました。
私達新井姉妹がパフォーマンスをすることになったいきさつは、私と妹が母の勧めでタヒチアンダンスを習っていたことが引率の先生に伝わってしまい、このお別れ会で披露して欲しいと急遽頼まれたからです。妹のタヒチアンダンス歴は12年を数えます。いまではダンスグループの一員となり大会に出場するなど、ダンスの道を極めています。一方、私は高1でやめてしまったので久しぶりのダンスになりました。
タヒチとタヒチアンダンスについて、少しご紹介します。オーストラリアと南米のほぼ中間に位置しているタヒチは、太平洋上で「ハワイ」「ニュージーランド」「イースター島」を結ぶ巨大な三角形、ポリネシアン・トライアングルの中央部に浮かぶ南洋の島です。ポリネシアを舞台に描かれた映画、「モアナと伝説の海」をご覧になった方も多いと思います。ポリネシアの人々は私たちが歴史で習う「大航海時代」よりもはるか昔に外洋に漕ぎだした「海洋民族」です。作中にも登場するアウトリガーの付いたカヌーを、パドルと帆だけで操りました。小型で粗末な舟は実際には高性能で、一回の航海で数百㎞も移動できたそうです。
もちろん、オーストラリア・タヒチ間にも、古くから交易などを通じて多くの交流がありました。18世紀末頃からオーストラリアとタヒチは捕鯨の拠点となったことで、さらに文化的な繋がりが深まりました。タヒチアンダンスも伝わり、オーストラリアには現在も愛好者が多くいます。
タヒチアンダンスは、現地ではオリ・タヒチ(’Ori=踊り)と呼ばれています。ポリネシア文化圏では、ハワイのフラダンスを思い浮かべる人が多いと思います。もちろんそれぞれ独特の衣装をまとって踊られるのですが、その他にも多くの点で違いがあります。曲のテンポ、体の動き、そして踊りによって表現される事柄に違いがあります。ユラユラとゆっくりとしたイメージのフラに比べ、タヒチアンは速いテンポのドラムビートに乗り、激しく体を動かす振り付けで有名です。素早いステップで激しく腰を回したり振ったりする動きが特徴で、フラとは違い、たとえスローテンポの曲であっても、大きな動作で激しく体を動かすダンスもあります。
フラでは、「愛、自然、神への祈り」など静ひつ感のある表現が多く用いられるのに対し、タヒチアンでは、「情熱」や「生命力」など力強さや躍動感を誇示したり、「神話」や「歴史」など物語性の高い場面を表現したりすることもあります。
やっさいもっさいは、言わずもがな木更津伝統の踊りです。調べてみると、この踊りは民謡「木更津甚句」に由来していて、高度成長期に企業の進出で木更津に移り住んできた人々と昔から暮らす人々が、互いの絆を深めるために創られたそうです。私も小さい頃、お祭りで踊ったことがあります。なかには木更津以外の地域で育ち、やっさいもっさいを知らないメンバーもいたので、みんなで教え合いながら練習が進みました。
いよいよお別れ会が始まります。最初はバルコムの生徒さんの発表です。始めに、Bush Dance(ブッシュダンス)というオーストラリアの伝統的なダンスを教えてもらいました。このダンスは、音楽に合わせてペアの相手を変えながら踊るフォークダンスです。前日にホストファミリーからもブッシュダンスについて教えてもらいました。このダンスはいろんなイベントで踊られているそうです。その理由は、みんなが知っていて簡単で踊りやすいのでイベントが盛り上がるからだそうです。会の最中にもブッシュダンスについて解説がありました。娯楽がほとんどなかった時代に、オーストラリアで誰もが楽しんで取り組めるのが、唯一このブッシュダンスでした。広場やホールのような多くの人が集まる場所で踊られるようになりました。このダンスは地域の交流を目的に行われることもあり、ダンス会場は、時には生涯の友と、時には最愛の伴侶を見いだす、貴重な出会いの場となりました。
実際私たちも一緒に踊り、大いに交流を深めました。踊り手が作る二重の円は互いに逆方向に進み、音楽に合わせて次へ次へとペアを変えていきます。始めはペアの変わり方や振り付けに戸惑ってしまいましたが、次第に慣れてくると、最後の方にはみんなでわいわいしながら楽しめました。
ブッシュダンスが終わったあと私達姉妹は、タヒチアンダンスの準備をしなくてはいけなかったので、バルコムの発表を最後まで見ることはできませんでしたが、ファンデーション(幼稚園、保育園)クラスの子たちが日本語の「どんな色が好き」という歌を歌っていたり、ほかの学年クラスの人たちが準備していたりするのを見て、とても嬉しい気持ちになりました。
バルコム生の発表が終わった後は木総生の発表となりました。私たち新井姉妹がトップバッターでした。少しタヒチアンダンスについて解説した後、ダンスを披露しました。妹も私も緊張していましたが、なんとかやり遂げることができました。解説をしながら、「Do you know Moana by Disney?」(ディズニーのモアナ知っていますか)と聞くと小さい子から同い年の高校生くらいの人も手をあげて「知っている」と反応してくれて、嬉しかったです。 私達の発表が終わった後、木総生によるやっさいもっさいが始まりました。私たちは出番が終わったので端で見ていました。音楽が始まると掛け声とともに、木総生が輪になって踊り始めました。突然、バルコム生の小さな子が輪のなかに入って一緒に踊り始まりました。その子をきっかけでたくさん人が入ってきました。学年も性別も関係なく、双方の生徒が一緒に踊っている姿をみて、「みんなが楽しんでいるんだ!」という実感が湧き、その素晴らしい光景に感動してしまいました。
国際交流の最大の障壁は、当然「言語の違い」です。伝えたいけど言葉が出てこない、一緒にこの気持ちを共有したかったけど上手く伝わっていないなど、「感情の共有の難しさ」はこの研修で痛いほど感じてきました。しかしこの場面を見て、「ことばの壁」を乗り越えて、いろんな人が一緒に楽しめるのだ、ということにも気づきました。様々な地域に暮らす人が各々の文化の良いところをアピールし、同時にそれを楽しんで交流ができる機会が今後広がっていけばいいなと思いました。
パーティーが終わり、お別れの時間が迫ってきました。私たちは仲良くなった子たちにもう一度会いに行きました。今はSNSが発達していて、すぐお互いに連絡が取れる環境です。でも、明日からもう会えないと考えると、どうしても名残おしく、悲しい気持ちになってしまって、最後だと言うのになんだか打ち解けた会話をすることができませんでした。仲良くなった子たちのなかには涙を流してくれている子たちもいて、もらい泣きをしそうになりましたが、最後は笑顔で別れようと思い、「グッ」と涙をこらえました。
会場を去り、ホストファミリーと合流しました。「最後の学校どうだった?」と聞かれ「もうすでに恋しい」と伝えました。それと同時にホストファミリーと一緒にいるのも明日で終わりということを実感し、さみしいというか、悲しいというか、恋しいというか、言葉では言い表せないポッカリと穴の空いたような、切ない気持ちになりました。
明日はホストファミリーと過ごす最後の日です。 私は一日中ホストファミリーとお出かけします。目一杯楽しみます。
新役員任命 ~生徒会~
9月1日(火)に行われた生徒会選挙では、立候補者12名は全員過半数を得票し、無事信任が成立しました。14日(月)に全生徒に選挙結果が伝えられました。
任命式においては、学校長より信任状が読み上げられ、一人ひとりに生徒会バッジとともに手渡されました。「自分に何ができるのか、それぞれの志を持って本部役員に任命されました。ぜひ、全力で取り組み、みなさんが充実した任期を全うすることを期待しています」と学校長が激励すると、全員が背筋を伸ばしてその言葉を受け止めました。
生徒会指導部部長、宍田先生は「何をしたら良いのか分からないではなく、積極的に自分の役割を見つけようという心構えで活動して下さい」と鼓舞し、新役員を温かく迎えました。
秋には、文化祭や体育祭と言った規模の大きな行事が続きます。12月まで現役員と新役員が並走し、協力し合って山場を乗り越えるというシステムが昨年度より始まりました。新役員は先輩たちのチームワークを見習い、現役員はこれまでのノウハウを後輩たちへ伝える大切な期間となります。
現生徒会長池田さんから新役員へ、「皆さん、就任おめでとうございます!これから文化祭やオープンキャンパスなど、一緒に活動する機会がたくさんあります。分からないことや困ったことがあれば、どんなことでも気軽に私たちに聞いてください。これから一緒に頑張っていきましょう!」と、歓迎のことばが送られました。
それに応えて、新生徒会長萬年さんが「初めてのことが多く緊張しておりますが、これから皆さんの代表として努力していきます。また、生徒からの声をしっかりと受け止め、この学校を皆さんが更に楽しく笑顔で通えるような学校にしていこうと思っています。これからよろしくお願いします!」と、意気込みを伝えてくれました。
避難訓練
本日3校時終了後、第2回避難訓練が実施されました。訓練は滞りなく進み、各クラス担任による点呼で出席者全員を確認。無事訓練を終了しました。
9月1日の始業式では、「近日中に実施します」と予告がありましたが、いつ行われるのかは伏せられたままでした。また、大きな地震の後火災の発生は伴わず、生徒は所属クラスの教室に戻る、という設定で行われました。
訓練が実施されたのは、授業が終了し休み時間になってからのことです。自分の教室に残る生徒もいましたが、次の授業に備え、体育館や特別教室、選択授業へ移動する生徒がいる状況で、やにわに「大きな地震が発生しました。身を守る行動をとって下さい」と緊急放送が流れました。
生徒は速やかに各自の教室に戻るという訓練ですが、教職員は校内の各所に設けられたチェックポイントに赴き、生徒が取り残されていないか、避難経路が安全に確保されているか等を確認します。今回はより現実味をもって訓練を行うため、教職員には所在を伝えず数名の生徒が教室に戻らないという状況を作りました。
地震発生からおよそ10分後、クラス担任が出席している生徒全員を確認し訓練は終了。4時間目の授業が行われました。
英語スピーチコンテスト開催
9月9日(水)放課後、真板幸男記念館にて、“Kisarazu Sogo High School English Speech Contest”が開催されました。夏休み前から準備を積み重ねた参加者21名が自慢のスピーチを披露しました。
今年は、Recitation Division(1年生暗唱部門)に9名、Speech Division(全学年スピーチ部門)に12名、合計21名の生徒が参加しました。
参加者は担当教員の指導を受けながら、ほぼ2ヶ月間をスピーチの練習に費やしました。英語としての正しい発音とアクセント、文中のイントネーションに注意を払い、練習を重ねて本番に備えました。
聴き手がいることが前提での発表なので、発音等に加え、会場に視線を向けているか、身振りや表情などを使って上手にアピールできているかなど、高度な技量までを含めてジャッジされます。
コンテストの最中には、学年やクラスの枠を超えて仲間同士で励まし合う姿が多く見られました。なかには原稿に視線を落としたまま、英文を正しく読むのがやっとの生徒もいましたが、それでも果敢にコンテストに挑んだ勇気は大いに讃えられ、大きな拍手が送られていました。
一方で、音声はほとんどネイティブスピーカーの域に達し、声に張りを持たせ聴き手を魅了するパフォーマンスで会場を沸かせるスピーチも散見されました。
本校で英会話などの授業を担当する、マッキンレー先生とパシェット先生に審査員を務めていただきました。最後の講評では、生徒たちの取り組みと努力を大いに賞賛する言葉が送られました。
Recitation Divisionでは、伊藤咲柔さん、小柴優希奈さんが同点で1位。Speech Divisionでは、1年生オーコン・サリタさんが1位、2年生バスティダスカルデロン長谷川美桜裡さんが2位。以上4名は、10月7日(水)東海大学市原望洋高校で催される、木更津・市原地区大会に出場し、再び英語スピーチの技量を競います。